住まいや住生活にかかわる幅広い業種の企業が集まり、関連行政機関や団体、学識経験者、メディアなどの協力を得て、さまざまな視点から研究活動に取り組んでいます。

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仕事と暮らしの境界線をあいまいにすることで見えてくる暮らしの価値

vol.1 宮田サラさん (東京都杉並区)

JR中央線の高円寺駅と阿佐ヶ谷駅のちょうど中間あたりに位置する高円寺アパートメント(アールリエット高円寺)。もともとは旧国鉄の社宅だった2棟の建物をリノベーションし、2戸の飲食店と4戸の店舗併用住宅、44戸の住宅からなる“暮らしを楽しむアパートメント”として2017年3月に再出発した。

この住宅の店舗併用住宅の1室で暮らしているのが宮田サラさんだ。宮田さんは、住民でありながら、この賃貸住宅の“女将”でもある。

“暮らしを楽しむアパートメント”というコンセプトを具現化するために、高円寺アパートメントのデザイン監修を務めたオープン・エーが声をかけたのが、青木純さんが代表を務める「まめくらし」。

「まめくらし」では、青木さんの大家としての経験を活かして、人の暮らしを中心に、共同住宅、公園、ストリート、まちなかで当事者たちの関係性をデザインして新たな場と仕組みを育てていく取り組みを行っている。また、全8戸からなる賃貸住宅「青豆ハウス」の運営なども手掛けている。

高円寺アパートメントのリノベーションに当たり、完成後の暮らしや居住者間の関係性をデザインする役割を「まめくらし」が担うことになり、同社の社員であった宮田さんに白羽の矢が立ったというわけだ。

「当初は通いで運営に携わるという計画もあったのですが、それでは住民の方々と同じ目線になれない気がしたのです。そこで『住みます』ということになりました」(宮田さん)。

暮らしの風景  仕事と暮らしの境界線をあいまいにすることで見えてくる暮らしの価値
高円寺アパートメントの“女将”でもある宮田サラさん

岡山の原風景 東京でも理想の暮らしはできると気づく

宮田さんは幼少期を岡山県岡山市で過ごした。その後、中学生の時に東京に引っ越してきたそうだが、原風景は岡山の景色だという。
人や暮らしに興味を抱くようになったのは、大学のゼミに参加するようになってから。色々な地域に行き、そこで得た経験をゼミに持ち帰るという活動をするなかで、色々な人たちと出会う。
岡山のことをもっと知りたいと思い、岡山で街づくりなどに関係している人にも会い行ったそうだ。そうした経験のなかで、街や地域は人や暮らしの集合体であると気がつき、暮らしにかかわる仕事がしたいと考えるようになり、青木さんと一緒に仕事をすることに。

「私が理想とする暮らしを東京で実現することは難しいかなと思っていました。東京での暮らしは便利ではありますが、人と人が分断されていると思い込んでいたのです。青木さんが大家として住民の方々と一緒になって楽しく暮らしていることを知り、東京でも、岡山でも、やろうと思えば理想の暮らしを実現できることを知りました」。

究極の在宅ワーク モチベーション3.0の働き方

宮田さんの高円寺アパートメントでの役割はまさに“女将”。1階で雑貨店も運営している宮田さんのもとに、住民の方々から様々なリクエストが入ってくる。
住民の方から「災害時に住民同士が助け合うような仕組みを検討したい」という要望が入れば、住民と共に企画をして、希望者を募りワークショップを開催。その結果、各階ごとに担当者を決めて、災害時に声を掛け合うことが決まり、防災の指針となるマニュアル作成にも繋がった。
また、住民と一緒になってマルシェや流しそうめん、餅つき大会など、様々なイベントを企画している。

住み込みの女将ということは、24時間365日、仕事とプライベートが混在する暮らしになるが、その点については全く抵抗感がないという。「むしろ仕事とプライベートの境界線が曖昧な方がやりやすい」と宮田さん。

「仕事が立て込んでくると閉じこもることもたまにありますが、やりたいことが仕事になっているので、自分を犠牲にしているような感覚はないですね」。

宮田さんが大学のゼミで学んだことを教えてくれた。モチベーション1.0は生きるために仕事をし、2.0はお金や名誉といった外発的動機のための仕事をする。そしてモチベーション3.0になると、自発的にやりたいという内発的動機で仕事を行うようになる。内発的動機で仕事をした方が効率性も高まるという研究結果もあるそうだ。

なお、モチベーション3.0については、「モチベーション3.0 持続する『やる気』をいかに引き出すか」(ダニエル・ピンク著、大前研一訳、発行:講談社)という書籍で詳しく解説されている。

「全ての人がモチベーション3.0で仕事をするようになると、それはそれでバランスが悪いかもしれませんね(笑)。ただ、少なくとも私の周りには内発的動機で仕事をし、公私の境界線があいまいな方が多いかもしれません」。

自宅と職場が同じ場所にあり、なおかつ公私の境界線もあいまいにする―。内発的動機によってこうした“究極の在宅ワーク”を選択する生活者が増えることで、地域や街のあり方にも影響をもたらすのかもしれない。

宮田さんの理想の住まい 家族のような他人が身近にいる暮らし

宮田さんに理想の住まいにいて聞いてみた―。

「子育てや介護などを近所の方々で共有できるような暮らしが実現できる住まいがいいですね。戸籍上は家族ではないけど、家族のような他人が身近にいるような暮らしです。ただし、高円寺アパートメントでもそうですが、つながりたくない人に強制的につながりを求めるものではなく、あくまでも自発的に、楽しくつながっていくような暮らしを形にしていきたいです」。

宮田さんの理想の暮らし像は、かつての日本社会にあった「向こう三軒両隣」的な価値観に近いようだが、似て非なるようなものという感じもする。
かつての地縁、血縁のような、ある意味では強制を伴うつながりではなく、もっとゆるやかにつながるサークル。その愛すべきサークルが各地で自然発生していくことで、少子高齢化に伴う問題の解決策も見えてくるのかもしれない。

暮らしの風景  仕事と暮らしの境界線をあいまいにすることで見えてくる暮らしの価値
コロナ禍前には、住民参加型の様々なイベントを実施していました